会長挨拶

バタフライ エフェクト

 

 

-教室現場の子どもと教師の息吹から

算数教育を動かす風を-

 

全国算数授業研究会 会長 

 

筑波大学附属小学校 盛山 隆雄

 

「ブラジルの1匹の蝶の羽ばたきが巡り巡ってアメリカのテキサス州に起こったハリケーンの原因となりうるか」1972 年にアメリカの気象学者エドワード・ローレンツは、正確な気象予報の困難さをこのように例え、初期条件のわずかな違いが観測結果に大きな影響を与えることを示した。ローレンツのこの問いは、やがて「バタフライエフェクト」として大衆文化にも受容され、「1つ1つのささやかな営みが、時に連鎖し、時に波を作り、思ってもみなかった結果に結びつく因果関係」を意味する言葉として用いられている。

 

 全国算数授業研究会は、日頃子どもに向き合いながら算数の授業をする現場教師が、授業を見て議論する研究会である。一人ひとりの子どもが違うように、1本1本の授業に脈動する命がある。同じ教材で同じ教師が授業をしても、同じ授業はできない。それは、例えばたった一人の子どもの呟きが、他の子どもや教師の思考に影響を与え、その後の授業展開を変えるからである。まさにバタフライエフェクトが起こるのが授業である。だから、子ども一人ひとりの言動をもとに授業を語り合うことに意味があるのだ。ところが、昨今の教育界の動きは、授業研究をもとに研究されてきたこれまでの一斉授業のよさに目を向けず、個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実を、と謳う。ここで、2つの問題を感じる。

 

1つ目は、子ども一人ひとりの個性や学び方を尊重しようとする理念はわかるが、全国算数授業研究会の立場からすると、これまでの算数授業と何が異なるのか。私たちは、多様な個性や多様な能力の子どもたちがいる教室で、一人ひとりの表現や思考を尊重し、「三人寄れば文殊の知恵」のように対話を通してみんなで創る算数を模索してきた。

 

2 つ目は、これまでも、習熟度別少人数指導、アクティブラーニング、授業スタンダード、主体的・対話的で深い学びなど、方法論に関するキーワードが出ていたが、問題となるのは、形にとらわれてしまうことだった。少人数にする、ペアで話し合わせる、めあてを示しまとめをするなど、形を整えることを目的とする授業が見られた。形ありきの授業では、バタフライエフェクトは起こりづらい。因果関係を議論する余地はなく、子ども不在で結果が決まっている授業である。今回のキーワードも形にとらわれることを懸念する。大切なのは、内容ごとに身につけさせるべき算数の本質は何かを見定めること。そして、内容に紐づいた見方・考え方を身につけることができたか、算数の本質を味わい、算数のよさを感じることができたか、といった算数を軸にすえた議論をすることである。指導方法や学び方は、その目的を達成するためにあることをもっと意識することが必要である。

 

日々の教室で展開される子どもと教師の熱のある算数の息吹が、やがて巡り巡って日本の算数教育を動かす風になる。そんなバラフライエフェクトが起こらないだろうか。